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2015年3月

2015年3月31日 (火)

山本夏彦氏の『誰か「戦前」を知らないかー夏彦迷惑問答』より

故山本夏彦氏は私の敬愛する随筆家です。辛口コラムニストとも言われましたけど、明るい知性と優れた分析力で、ご本を読むとこちらまですっきりとあらゆることが理解できたように感じられて、楽しい気分になれました(^ ^)

2002年に87歳で亡くなられたときに、私が「あれこれ記」に書いたコラムを再掲載します。山本氏が生きておられたら、今の状況をどう書かれるか、どう分析されるでしょうか、そんなことを考えつつ・・・

「山本夏彦氏逝く <山本氏の「お尋ね者史観」>」
    
 ”あなた方に「戦前」を話して理解が得られないのは、 ひとえに言葉が滅びたからです。それは核家族が完了 したからです。教育のせいです。
 
あなた方は戦前という時代は真っ暗だったって習ったでしょう。

「戦前戦中真っ暗史観」は社会主義者が言いふらしたんです。
社会主義者は戦争中は牢屋にいた。転向して牢屋にいない者も 常に「特高」に監視されていた。彼らにしてみれば、さぞ真っ暗 だったでしょう。 
 けれども社会主義者はほんの一握りです。 転向しなかった主義者は戦争が終わった途端にアメリカ軍によって 解放され、凱旋将軍のように迎えられました。彼らは直ちに 労働組合を組織してその指導者になりました。短期間ではあるが 「読売新聞」を乗っ取りました。労働者は唯々として従いました。 社会主義には何より「正義」があったから一世を風靡しました。 「日教組」はその巨大な組合の一つです。

手短に言うとその教育で成功したものの随一は、 古いものは悪い、新しいものはいい、でしょう。 彼らは日清日露の戦役まで侵略戦争だと教えました。
戦艦陸奥、長門の名も事典から抹殺しました。
 
僕はそれを「お尋ね者史観」と呼んでいます。”

『誰か「戦前」を知らないかー夏彦迷惑問答』(文春新書)からの引用です。

この本でまた、私の目からウロコが落ちました。いい本です。
山本夏彦氏の、ご冥福を心からお祈りいたします。 
   
<2002年10月>

2015年3月28日 (土)

あれは面白かった、面白かった!って言い続けたら(^ ^)

あれは面白かった、凄い内容だった!
って、このブログでも書き続けたら・・・

あの米国のドラマシリーズの
「Xファイル」が復活するみたいですね。

”米ドラマ「Xファイル」が復活!
MovieWalker 2015年3月25日  配信”

http://news.walkerplus.com/article/56848/

どんなものになるのか、楽しみです(^ ^)

2015年3月24日 (火)

某大陸国の外交政策は伝統的に「遠交近攻」と「六韜」式(!!?)

(続き)
「遠交近攻」遠い国とは仲良くして、近い国は攻めるという外交政策
「六韜」とは以下↓のようなこと(ネット上から引用  アリガトサン(^ ^)

“交渉の為に隣国から使者が来て、
もしその者が有能ならば何一つ与えず返せ。
交渉の為に隣国から使者が来て、
もしその者が無能ならば大いに与え、歓待せよ。
そうすれば、隣国では無能な者が重用され、有能な者が失脚する。
そしてやがては滅ぶ。

※六韜(りくとう、中国の兵法書)より”

先の国際会議での某国の、到底ホスト国としての礼節をわきまえない、
気に入らない相手には、仏頂面の握手をするなどの
失礼なやり方を見ていると、大陸の某国は、やはり体制が変わっても、
昔ながらのやり方のままの国だと、わかりますね。

ネット上じゃ、あれは「六韜」式だと言っています(^ ^;
(=「六韜」だと、歓待されると逆に怖いのですけどね)

それにしても、属国として認められれば、金印が貰えるそうですよ。
なんて、イイ国なのでしょうか(棒ヨミ

(続く)

2015年3月23日 (月)

知っておきたい基本的事実 番外3 大陸では 「白髪三千丈」 というような大げさな表現をします

(続き)
あの国々(=特定アジア3か国)、シナ大陸の人やコリアンのいう数字の嘘を
日本人以外の人も知ってほしい。
 

あの国々の人達はよく誇大広告的な
「白髪三千丈」というような数の表現をします。

日本では、シナやその影響下にあった属国の人達が、
いつも大げさな表現をするということの例えに、この言葉を引用してきました。

”白髪三千丈 縁愁以箇長 不知明鏡裏 何処得秋霜”

8世紀の唐代の詩人・李白の五言絶句からです。
お爺さんの髭が憂いによって長くなった、ということを表現するのに、
「白髪三千丈」
白髪の長さが三千丈(=約 9000m=約 9km!!)にもなったと書きます。
いくら長くなっても、1~2mまででしょうにね(^ ^;

その辺のことを知っていないと、連中のことは永遠に理解できないでしょう。
日本はこんな隣国のことを、2000年近く前から見てきました。連中のことは、特に、シナ大陸の文化のことを日本はよく知っています。

そして、13世紀になって、シナのモンゴル帝国が攻めてきて(=元寇)からというもの、シナとのほとんどの外交を断絶しています。
もちろん、モンゴル軍の先鋒を務めた朝鮮半島の国とも断絶しています!!!
(続く)

2015年3月22日 (日)

このブログに「歴史関係」のコーナーを新たに設けました(^ ^)

私のホームページの公開先がなくなってしまいました。
(「Page On」の都合で、5月末までに伸びましたけどね)

それで、この「ココログ」にある「ウェブページ」の機能を使って、
その一部分を復活させました(^ ^)b

サイドバーの中の「コンテンツ」をご覧ください。

「What's New 」

「あれこれ記」

「歴史関係」

これらが私の「みこゆきのミーハー日記」由来のページです。

もう少し飾りを入れようかなどと考慮中(^ ^)

2015年3月20日 (金)

「あの国のあの法則」の英訳

○Win                         vs         ● Lose 

○Tang Dynasty(China)    vs    ●Japan+Baekje(=Korea
       <7th c.The Battle of Baekgang (Hakusukinoe) 白村江の戦い>
○Arab Abbasid Caliphate   vs ● Tang(China)+Goguryeo(
Korea)
  <8th c.The Battle of Talas タラス河畔の戦い>
○Japan                         vs       ●Yuan(China)+Goryeo(
Korea)
           (元寇)<13th c.The Mongol invasions of Japan >
○Ming(China)               vs       ●Japan +Choson(
Korea)
            (文禄の役)<16th century.

○Japan                         vs       ●Ming(China)+Choson(
Korea)
            (慶長の役)<16th century.
○Qing(China)                vs       ●Ming(China)+Choson(
Korea)
             (明滅亡) <16th c.Fall of the Ming Dynasty>
○Japan                         vs       ●Qing Dynasty(China)+Choson(
Korea)
     (日清戦争)<19th c.The First Sino-Japanese War>
○Japan                         vs       ●Russia + Choson(
Korea)
         (日露戦争)<20th c.The Russo-Japanese War>
○U.S.A.                         vs       ●Japan + Choson(
Korea)
    (大東亜戦争)<20th c. W.W.Ⅱ
     (The Pacific War=The Greater East Asia War>

○Vietnam                    vs      ●U.S.A + South
Korea
     (ベトナム戦争) <20th c.The Vietnam War>

Draw ・・・The Korean War(朝鮮戦争)
U.S.A.+韓国(
S.Korea) vs China +北朝鮮(N.Korea)
   <1950-1953年7月27日停戦>      

・・・

もっと詳しくは、「あの国のあの法則」で検索してみてください。

元々の日本語バージョンはこちらへ(^ ^)

2015年3月18日 (水)

知っておきたい基本的事実 番外の2 開戦理由の「ABCD包囲網」<19世紀末のソウルの人口推定25万人>

(続き)
だいたいですね~~
19世紀末の時点で、ソウルが推定人口が25万人なのですね。
(ミセス・ビショップの 1894~1897年の「朝鮮紀行」より)
そこから、WW2の終戦の1945年まで、短い期間しかないのに、
旧日本軍が20万人ものコリアン女性を従軍慰安婦にしたとか、不可能です。

どういう計算をしたのですか。もう一度、
ノミや虱、南京虫の数でも数えたのですか、とお聞きしたい。

それに、朝鮮半島は戦場でさえなかった。もちろん、日本とは戦ってもいない!(=朝鮮半島が戦場となったのは、その後に勃発した朝鮮戦争の時です。)

日本のWW2の主な開戦理由は、米国などにABCD包囲網で、
石油の輸入を止められたからです。
A アメリカ
B ブリテン
C シナ
D ダッチ(オランダ)

「石油の一滴は血の一滴」と言ってました。
日本軍はトラックなどは、ほとんど持っていませんでした。鉄道の引かれていないところでは、あっても馬で、輸送や移動は主に徒歩です。

そんなぎりぎりの状況の中で、他国の女性を大量に集めるためなどに、兵力を使ったりすることはありえません。もし、女性がいるとしたら、日本軍の後に自主的に付いてきた人達です。
(=They were professional camp followers.)

それとも、半分島国の国では、ただ単に自称被害者がこんなことをされた、と、言っただけで、証拠が全くなくとも、既成事実となるのですか???

元々、コリアンの従軍慰安婦という人達の
証言は嘘だらけで、1つとして、確かなものはなかったそうです。
日本が調べても、そして、米軍が調べた資料でもです。

米軍はビルマの慰安婦のことを調べたということです。
当時のGHQは、詳細な資料を持っている、ということです。そのビルマ、今のミャンマーでの資料などを見直してほしいですね。多額の金を稼いでいた慰安婦たちとは、
自主的にやってきた職業売春婦でしょうに!

私達、日本人は嘘をついてはいません。

逆に、今までやってもいないことを、
延々と何度も何度も訴求され、謝罪と賠償を要求されてきました。

<続く>

2015年3月17日 (火)

「知っておきたい基本的事実」番外・某A新聞の巻

「知っておきたい基本的事実」
・・・戦時中に徴用労働者としてきた者は245人のみ!

(続き)
<在日は「強制連行」ではない。by 朝日新聞(!) >

"「戦前(昭和14年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約100万人で、終戦直前には約200万人となった。増加した100万人のうち70万人は自分から進んで内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの30万人は大部分鉱工業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令によるものはごく少数である。
(中略)
終戦後、昭和20年8月から翌年3月まで、希望者が政府の配給、個別引き上げで合計140万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和21年3月、連合国の指令に基づく北朝鮮引き上げ計画で350人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち75%が帰還している。
(中略)
現在、登録されている在日朝鮮人は総数61万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労働者としてきた者は245人に過ぎず、現在日本に居住している者は、犯罪者を除き、自由意志によって残留した者である。」

<1959年7月13日 朝日新聞>"

誰かこれに反証を出せるのでしょうか???

<<連中の多くは強制連行されたなど、今まで嘘ばかり言っていた!!!>>

(続きあり)

2015年3月16日 (月)

「知っておきたい基本的事実」(続きの続き)明治初期(19世紀末)の日本

「朝鮮紀行」byビショップ夫人(イザベラ・バード)について(続き)
(英国婦人の見た李朝末期 講談社学術文庫発行)
「KOREA AND HER NEIGHBOURS」
  by Mrs. BISHOP ( ISABELLA BIRD )

分厚い文庫本ですが、ネット上で紹介されている李朝(=李氏朝鮮)の様子と、最近まで、日本に喧伝されていたK国人言っていることとが、あまりに違うので、嘘か本当かを確かめるために、全く興味本位で、いわば怖いもの見たさに買い求めた本でした。

でも、序章に続く第1章の冒頭で、

"長崎港から朝鮮南部の釜山までは、船で15時間しかからない。とはいえ、わたしにとっては途中肥後丸の寄航する対馬で日本も見おさめで、その紅葉した楓やつぼみのほころんだ梅、頂に寺のある山、森の神社へ通じるおごそかな石段、青緑に苔むした松の木、黄金色の羽毛を集めたような竹林といったものを眺めたあとだけに、釜山の茶色い地肌を露出した山々は、夏ならまだしも日のささない二月では、荒涼として近寄りがたい印象がことさらつよかった。・・・・"

なんて続くと、涙ちょちょびれてきて、うわぁ~~、日本のよさって、やはりこういうことだったんだ!!!って、感動するというか、日本らしさは大切にしなくちゃいけないと思うのでした(=外国のことを知って、改めて自国の良さを知るというか)それに、釜山とは近いのですね。全く知りませんでした。で、知らなかった故に騙されたようなことの多いこと!!!

 日本の物は何でも朝鮮経由で、教えてやった、教えてやったって連呼され、日帝36年の悪事・・・とか言われて、日本人は謝り続けたように思います。ほんの百年前ことです。写真もあります。

この本はその謝罪や賠償を要求され、戦後にいじめ倒されてきた日本の自虐史観を取りのぞく効果があります。挿し絵や写真を見るだけでもいいと思います。正確な様子を残す為に、画家も同行させたようです。

"1897年のソウル(=日本統治後)

監獄改善に関しては多くの対策がなされてきたが、囚人の区分をはじめまだ手つかずのままになっている問題も多い。それでも、ソウルの監獄は改革が行なわれ・・・拷問は少なくとも表向きには廃止されたし、切断された首や胴体をさらしたり、むち打ちや身体の削ぎ切りで死に至らしめるようなことは日本の支配を受けていた時代になくなった。ソウルの監獄を見学した日の午後、わたしは繁華街の雑踏のなかに三脚状に組んだ棒につるした首がさらされ、《東大門》外の道ばたの血だまりのなかに首のない胴体が転がっているのを見たのが、わずか二年前だったとは信じられない気持ちだった。

その他ソウルの変化はあまりに多くてここには書ききれない。・・・"

<拷問をやめさせたことを日本の悪事とでもいうのか!>
<<隣国の連中の言ってきたことは嘘ばかりだ!!!>>

朝鮮問題を扱う政治家や報道関係、外交関係の方々にはぜひ読んで頂きたい本です。基礎知識としてこれくらいは知っておかなくちゃね(^ ^ゞ

(続く)

2015年3月14日 (土)

「知っておきたい基本的事実(続き)100年程前の日本」と某国の写真展の話

(続き)
同じ人物(イザベラ・バード)による日本の米沢に関する記述

"南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。鋤で耕したというより、鉛筆で描いたように美しい。米、綿、とうもろこし、煙草、麻、藍、大豆、抑子、くるみ、水瓜、きゅうり、柿、杏、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべて、それを耕作している人びとの所有するところのものである。・・・・・・
 美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。どこを見渡しても豊かで美しい農村である。"

<この本のことは、2ちゃんねるのニュース板で教えてもらいました。>
<アリガトさん(^ ^)b>

【追記】
 Mrs.Bishop ( Isabella Bird )
ミセス・ビショップ(イザベラ・バード・1831~1904年)は、1878年(明治11年)に日本を訪れ、数ヶ月にわたって東京から日光、新潟、山形、秋田、北海道等を旅行し、その時の印象を「日本奥地紀行」の中で記しています。
 また、横浜など、奥地ではない、日本の都市部のことを書いた書物もあったそうなのですが、それは今は日本にはないということです。そちらの方も読んでみたいと思いました(2005年)・・・と思ってたら、2008年くらいに「日本紀行」の全訳が日本で発売されました。読んだ感想はまた後で(^ ^)

【追記の追記】
この本のことが話題になってきたのも、元々はK国が、前に(=2002年頃)
「画報・百年前のわれわれは 」 という写真展を開催したことから、始まっています。ネット上でも、2chなどでも、散々K国人が日本をさげすみ、自分達の方が先進国であったと威張りちらしていました。けど、実際の写真を見ると・・・(笑

そして、この本、この事実。

これは先入観のない英国人女性(敬虔なるクリスチャン)からみた
当時(1894~1897年の朝鮮半島旅行時)の様子です。

「画報・百年前のわれわれは 」 の写真や、この本の中の挿絵などをみて
どう思ったのか、Kの国の人に聞いてみたいと思いました。
(続く)

2015年3月 6日 (金)

知っておきたい基本的事実 100年程前の日本周辺事情

日本の近隣には、とにかく、日本に付きまとい、
あれやこれやと日本の批判ばかりしている国々があります。

嫌いなら、こちらのことを気にせず、無視すればいいのに!
と、日本人的には思いますが、無視するようなことはないようで、
何であれ、こちらの動向ばかり報道している国があります。

近所付き合いレベルで、常識のない、うるさい人が混じってきたとき、
どうしたらいいのか、と、前に友達とかで、ちょっと話し合ったことがあるのですが、とにかく、何であれ、こちらの感想は述べない、事実のみを淡々と主張していく、というのが、そのときに出した結論でした。

元々、こちらがあまりに、特に、K国に興味がなく、
また、知らされてもいないことが多く、ゆえに騙されているようなことも
多いので、これも昔にアップしてた、私のサイトの中の 「あれこれ記」より
「知っておきたい基本的事実 」 シリーズを再掲載します(^ ^)

「 知っておきたい基本的事実 100年程前の日本周辺事情 」   

「KOREA AND HER NEIGHBOURS = 朝鮮紀行 」
         by Mrs. Bishop ( Izabella Bird )
”英国夫人の見た李朝末期(19世紀末)”
(講談社学術文庫発行)より抜粋。

"ソウルを描写するのは勘弁してもらいところである。
北京を見るまで私はソウルこそ、この世で一番不潔な町と思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどい匂いだと考えていたのであるから。
都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。

礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定二十五万人の住民は、おもに迷路のような横町の「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれちがえる程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出た個体及び液体の汚物を受ける穴か溝で狭められている。悪臭ぷんぷんのその穴や溝の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たち、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、ひなたでまばたきしている。

ソウルの「風光」のひとつは小川というか下水というか水路である。
ふたのない広い水路を暗くよどんだ水が、かっては砂利だった川床に堆積した排泄物やごみの間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿

周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

美術工芸はなにもない。"

<このコピーは最初はネット上から貰ってきましたアリガトサン(^ ^)b

(続く)

2015年3月 5日 (木)

また、日本近隣の半分島国の国で、大変な事件が起こったので、いつものコピーを・・・正しい歴史認識を持とう!

”なんかいつもどっかの属国になって、いつも宗主国の足ひっぱってる。 ”

”勝ち          負け

唐        vs 日本+百済       (白村江の戦い)
イスラム帝国        vs 唐+高句麗人の総大将  (タラス河畔の戦い)
日本       vs 元 +高麗       (元寇)
明        vs 日本 +朝鮮       (文禄の役)
日本       vs 明 +朝鮮        (慶長の役)
清        vs 明 +朝鮮       (明滅亡)
日本       vs 清 +朝鮮       (日清戦争)
日本       vs 露 +朝鮮       (日露戦争)
ソ連       vs 日本+朝鮮       (シベリア出兵)
アメリカ     vs 日本+朝鮮       (大東亜戦争)
ベトナム     vs アメリカ +韓国    (ベトナム戦争)

番外編(引き分け)
アメリカ+韓国 vs 中国+北朝鮮 (朝鮮戦争) ”

皆さん、よく覚えておきましょうね(^ ^;

ちなみに、これらは「あの国のあの法則」と呼ばれています。

<この法則の英訳はこちらへ(^ ^)>

2015年3月 4日 (水)

まだ、まだ、続けます(^ ^)

ホームページ公開サービスのOCNの
「Page On」が、この2月末に終了したので、
私のホームページの公開も2月末で終了させました。

今はまだ、微妙にトップページなどは残っているのですが、
その内に消えるでしょう(^ ^;

また、ブログを引越した時に、3つのブログの内容が
2つのブログに移ったので、かなり修正したとはいえ、
まだ、いろいろ飛んだり、リンクがおかしくなっています。

で、まぁ、重なったりもするでしょうが、
これから先にも、前のHPやブログの内容などもこちらへ
アップしていきたいと思います。

請うご期待(^ ^)

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